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◆治郎ヶ岳(じろうがたけ)



※ 明色部
※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「日原」(昭和33.5)を加工し使用したものである

所在:津和野町左鐙(さぶみ)
地形図:石谷/日原
アクセント:ジローガタケ
形態:山中に家屋が少数集まる
標高:約420m
訪問:(2015年8月)・2024年11月

 

 大字左鐙の北西部、軍場谷川(高津(たかつ)川支流)の右岸山中にある。
 町史によると、昭和37年の時点で2戸。
 付近の畳(たたみ)や軍場(ぐんば/グンバー)で伺った話では、分かるもので藤井
(ふじい)家の1軒(屋号は「治郎」)のみで、転出は少なくとも40年以上は前とのこと。畳一帯では最も早く、離村まで電気は通じていなかった。当時は家に通学生がいたこともあり、これも離村の要因になった。なお藤井家は後年になってからの転入世帯(転出時で3、4代目?)で、さらに以前には別の家があったのではないかとのこと。
 まず地形図に従い真下から延びる実線の道を利用しようとしたが、過去にも車輛が通れたような道があった形跡はないように見える。改めて上流側の車道を伝い付近まで到達したが、集落には通じておらず遠景で竹藪を確認するに留まった。

 2024年訪問。以前はなかった新しい作業道が上流側の車道より分岐しており、集落付近に到達。宅地に関する顕著な遺構は確認できなかったが、農地跡や散在する陶片を見ることができた。
 なお前回使用した地形図にあった先述の「実線の道」は、最新のものでは削除されている。

 


写真1 屋敷跡?

写真2 農耕機械。後方は作業道の支線

写真3 農地跡の石垣

写真4 水田跡

写真5 徳利? 「石見國 高津 柿本神社」とある

 

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