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◆勝島(かつしま/カチマ)



※ この地図は、陸地測量部発行の1/50,000地形図「神湊」(昭和18.4)を使用したものである

所在:宗像市神湊(こうのみなと)
地形図:神湊/神湊
形態:海沿いに家屋が集まる
標高:数m
訪問:2024年11月

 

 大字神湊の北西部、神湊港より北西に1q強にある島。
 集落は島の南東にあり、昭和23年の航空写真では数棟の家屋や農地が確認できる。
 上陸はせず、神湊の岬の先端(草崎)より遠景を望んだのみ。人家や神社の痕跡は確認できないものの、船着場の石積みがはっきりと目視できる。

 町誌によると、旧来は勝浦(かつうら)の所属であったが、寛永年間(1624-43)に神湊から移住者(6戸)があり神湊の所属となったとのこと。寛政9(1797)年7戸(浦図より)、文政10(1827)年10余戸(年毛宮社記より)、幕末頃最盛期で20数戸、明治初期20数戸、大正年間18戸、昭和初期4戸、戦後1戸。昭和36年無住となった(別の記述では同26年)。かつての住民は、神湊のほか若松(北九州)や福岡方面に転出している。地元での呼び名は「カチマ」。当地には猿田彦大神・玉依姫を祭神とした牧神社があったが、昭和52年4月1日に神湊の津加計志神社に合祀された。
 資料『シマダス』によると、永禄3(1560)年占部甲斐守尚安が草崎城の支城を築き、島頂・城の辻には城跡や遠見番所跡が残っているとのこと。

 


写真 島遠景。集落跡は写真中央

 

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