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◆間島(まじま)
所在:北九州市小倉南区曽根新田(そねしんでん)
中曽根東地区の海岸より、東に1.6qほどにある島。曽根干潟の中にある。 資料『シマダス』によると、戦後に居住者があり、井戸や住居が見られたとのこと。江戸時代末期には長州藩との戦に備え、小倉藩民兵の大砲訓練の標的となった。また、小倉城の石垣に用いる石材を切り出していた。第二次世界大戦中には塹壕が掘られ、日本軍が常駐。サーチライトを据え付けて敵機を照射し、北西にある足立山から砲撃していたという。 島は大潮の干潮時に徒歩で渡れるという情報をもとに、日時を合わせ訪問。曽根漁港に通じる連絡道路より島までの距離を縮め、干潟を歩いて上陸した。道のそばは泥がやや深いものの、これを抜けると比較的足元は安定する。またこの時の干潮時の潮位は苅田での値で20cmであったが、島内の探索を含めて往復するには十分な時間であった。
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![]() 写真1 島遠景(南西より撮影) |
![]() 写真2 建物跡 |
![]() 写真3 井戸など |
![]() 写真4 石造物 |
![]() 写真5 頂上の窪地 |
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![]() 写真7 電気関係の設備 |
![]() 写真8 砂洲。遠景は曽根方面 |