◆牧(まき)

※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「御在所山」(昭和24.7)を使用したものである
所在:東近江市九居瀬町(くいぜちょう)字東牧(ひがしまき)・西牧(にしまき)?
地形図:百済寺/御在所山
形態:山中に家屋が集まる
離村の背景:ダム建設
標高:約300〜350m?
訪問:2025年5月
九居瀬町の南部、愛知(えち)川右岸にある。永源寺ダムの建設に伴い九居瀬の他の集落とともに離村したが、高所にあり水没は免れている(ダム建設の経緯についてはこちらのページを参照)。
資料『愛知川谷の民俗』によると、かつては東牧・西牧を合わせて42戸あったと言われる。
昭和8年頃は16戸。茶の栽培や養蚕を行っていたが、炭焼きは行っていなかった。田は九居瀬の集落の中では比較的多かったが、全戸の自給に足りるほどではなかった。
なお九居瀬一帯の畑といえばほぼ茶畑であったが、他には蒟蒻も栽培されていた。蒟蒻は町の特産でもあり、特に牧の蒟蒻は良質であったという。
昭和28年15戸。
「牧見取図」では、概ね下方より小杉・小杉・左近・小杉・小杉・泉・左近・左近・左近・左近・左近・左近・谷郷・元賀・泉の15戸が記されている。
駄菓子を扱う商店が1軒あった。
水没前は棚池の退蔵寺および小代方面から登る道が通じていたが、現在は集落跡の下端を車道が通過している。
現地では多数の屋敷跡が見られたほか、西部では段々になった水田跡に沿って退蔵寺に通じていたであろう道を確認。また集落の上部からもさらに高所に向かう道も確認した。
なお先述の東牧・西牧の境界は不明だが、集落内を通る小さな谷がそれだろうか。
町史および「角川」の小字一覧には九居瀬に「東牧」「西牧」があり、当地はこれらに属するものと思われる(小字の読みは「角川」のルビに拠り、また見出しの読みはこれらの「マキ」の読みに準じた)。
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